【書評】『中央銀行が終わる日ービットコインと通貨の未来』は日銀の金融政策を問い直す名著

仮想通貨を古くから触っている人であれば誰でも知っているであろう学者に、岩村充・早稲田大学教授がいます。

岩村教授は東京大学を卒業後日本銀行で長くキャリアを積んできました。経済学、貨幣学、暗号学に広く精通されており、ビットコインについてもかなり初期の段階から経済学・貨幣学的見地から鋭い指摘をされていました。

またビットコインが発明される以前、デジタル署名によりデータの改ざんを防ぐ「ヒステリシス署名」を2002年に日立・横浜国立大学・早稲田大学の共同研究で発表しています。

今回はブロックチェーン、いや暗号通貨界の「知の巨人」とも言える岩村教授の代表作であり、名著との呼び声高い『中央銀行が終る日ービットコインと通貨の未来(新潮選書)』について、あらすじをまとめつつ、特に個人的に印象に残った部分に関して書評を書きたいと思います。

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本著は元日銀の岩村教授が、現在の中央銀行による金融政策の構造的限界と中央銀行の将来像について、ビットコインの登場にスポットを当てつつ記述したものです。アウトラインはおおよそ以下の通りです。

  • 日本銀行による現在の金融政策の限界
  • ビットコインは「流動性の罠」を解決する「ゲゼルの自由貨幣」足りうるか
  • 岩村教授が考える中央銀行の将来像

日本銀行による現在の金融政策の限界

岩村教授によれば現在、日本銀行による「金利をゼロにする」金融政策は経済をコントロールすることに失敗しています。このように金融政策が低金利の局面で効果を失っている状態を経済学の用語で「流動性の罠」に陥っている、と呼称します。

流動性の罠とは

景気が悪化した場合、中央銀行は貨幣供給量を増やし金利を低下させます。これを「金融緩和」と呼びます。金融緩和は「金利を低下させる→企業の借金のハードルを下げる→設備投資が増え、売り上げが伸びる→家庭の消費額が増える→景気がよくなる」という期待にしたがって実施されます。

しかし期待通りに景気が上向かなければ、中央銀行はさらに金利を下げるしかなく、最終的には金利はゼロに近づいていきます(ゼロ金利政策)。ゼロになった金利(流動性の罠にある状態)では、金利をこれ以上下げることはできず、金融政策は意味を持ちません

「閉じた世界」での協調

この流動性の罠に陥った日本や欧州の中央銀行が採用しているのは「量的緩和」、すなわち中央銀行への市中銀行からの預け金にマイナス金利を適用する対応策です。しかし量的緩和は単に市中に流通する貨幣を増やし、貨幣価値を下落させたのみであり、流動性の罠を解決しているわけではありません

これまではこのような貨幣価値の低下に対して、我々は変動相場制に基づき他国の通貨を保有するという「選択」により、自国通貨から逃避することが可能でした。しかし各国の中央銀行が量的緩和について協調路線を歩みつつある現在、岩村教授の言葉を借りれば「閉じた世界」にいるならば、どの通貨からも逃避することができなくなり、資産を金のような実物資産に変換するしかありません。

ビットコインは「流動性の罠」を解決する「ゲゼルの自由貨幣」足りうるか

岩村教授は流動性の罠の解決策の一つがビットコインである、と指摘しています。より具体的には、ビットコインに用いられているブロックチェーンを利用することで、「ゲゼルの自由貨幣」が実現すれば、流動性の罠が解決すると考えているようです。

以下順を追って見てみましょう。

「ゲゼルの自由貨幣」とは

「自由貨幣」とは20世紀の経済学者ゲゼルによって提唱された貨幣の概念です。世の中の財やサービスと同様に貨幣も劣化していく仕組みを採用することを提唱したのです。

自由貨幣では貨幣にスタンプを押し、一定期間ごとに額面の一定割合額の価値を減損していくことで消費を促します。この仕組みであれば金利がマイナスになるため、金利をゼロ以下にすることができない金融政策の問題を解決できるように思えます。

しかし貨幣に逐一スタンプで印をつけるのは非常に煩雑ですし、中途半端に減損した紙幣が大量に流通することは混乱を招くことから、地方通貨としての活用実績はあるもののこれを中央銀行が政策として取り入れることはありませんでした。

この技術的課題を解決できるのが改ざん不可能なブロックチェーンを利用した「デジタル通貨」です。岩村教授によれば、ビットコインにより生み出されたブロックチェーンを活用することで、ゼロ以上で固定されていた20世紀までの利子体系=預金か借金(債務)にしか利子はつかない世界はマイナス金利が導入された世界へと変貌します。

この世界では貨幣そのものに直接金利をつけ、変動させることができる。そうすれば景気循環の波に合わせて貨幣金利を変動させられるので、デフレにもインフレにも対応できる、というわけです。

ただ、この場合にも中央銀行には課題があります。例えマイナス金利を導入したデジタル貨幣が流通し、物価が上昇したとしても、実質賃金が低下し家庭の生活が苦しい場合には中央銀行による金融政策への国民の支持は失われます。そうなると通貨発行権を日銀に独占させる根拠も薄弱になり、ビットコインやその他の通貨と中央銀行の発行する通貨が競争しあう世界ーハイエクの提唱する「貨幣発行権の自由化された世界」が実現するかもしれない。

これが岩村教授の主張です。

岩村教授が考える中央銀行の将来像

それでも中央銀行には役割がある、と岩村教授は指摘します。それは「安定した価値尺度の創出」です。

残るのは、安定した「価値尺度」を提供するという役割です。正確に言えば、誰もが安定した価値尺度だと認めるような分析と方法論を持って貨幣利子率を決定し、その利子率のデジタル銀行券を世に提供し続けることです。それは、世界がハイエクの描く通貨間競争へと移行しても、引き続き現在の中央銀行たち、あるいはその後継者たちに最後に残る役割であり、最もふさわしい役割でもあるだろうと私は思っています。(p.288-289)

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岩村教授がこのように考える理由は中央銀行の公益性と経済における位置付けにあります。個々人が利益を追求するために貨幣を発行できる世の中において、貨幣の役割「価値保存」「価値交換」が自由競争により理想化されたとしても、利益を度外視して経済の安定に務める中央銀行でなければ価値尺度を提供することはできないだろう、というわけです。

結論をまとめると中央銀行が貨幣発行独占権を背景に金融政策を実施する現在の姿は変貌し、法定通貨含むデジタル貨幣の自由競争が開始します。その中で公正な価値尺度を提供するのが、中央銀行の役目である、というのが本著のメッセージであるように思いました。

私は岩村教授の論考はどれも刺激的で素晴らしく、ともすれば先鋭的すぎて怪しくすら思える意見ですら筋が通っており文章にも圧倒的な知がにじみ出ているように思っています。本著もこれに違わず、読んでいて圧倒される興味深い本でした。

個人的には貨幣発行権が自由化された世界においてすら、PoW通貨の源泉はマイニングコストにある以上、発行コストがかからないデジタル通貨はビットコインを含むPoW通貨よりもポピュラーであり続けるという主張が一番面白かったです。PoWの本質についての議論はあまり現在のブロックチェーン業界ではされませんから、久々にビットコインの奥深さについて考えさせられました。

なお本著は2015年に出版された者ですが、現在の岩村教授の考えに関してはこちらの記事でまとめていますのでよかったらご覧ください。

岩村充教授が語った、ビットコインとハイエクの貨幣論。ビットコイン、仮想通貨、ブロックチェーンをどう見ているのか?

 

 

いずれにせよ非常に面白い本です。貨幣の歴史をなぞり、経済学についてわかりやすい解説をくわえながらもビットコインを熟知した岩村教授こそ提唱できる今後の中央銀行の将来像を指摘した本著はぜひ新しくビットコインを勉強したいと思う人にも、すでにブロックチェーンを熟知している人にも読んでほしいと思います。

 

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